中日新聞:<熱帯雨林の叫び>(7) 村から消えた安心感:環境を考える(CHUNICHI Web)
◆伐採で知る津波の恐怖
村では25年ほど前から、エビの養殖池をつくるため、マングローブの森を切り開いた。自然の防波堤を失った海辺は地表がえぐられ、海水が陸地に流れ込んだ。
スダルリスさんの家は海岸線から100メートルほど離れた村の外れにある。満潮になると、浸食された地面を伝わり、ひざまで海水が押し寄せた。高床に仕立てた家の真下に流れ込み、波立つと床板のすき間から水が噴き上がる。床や便所は水浸しになり、異臭が漂った。不潔な水に触れるためか、20人いる子どもや孫は、何度も激しい下痢に見舞われた。
「水が来るたび怖かった。でも仕方ないと、あきらめていた」。5年前、海岸沿いに高さ2メートルの防波堤が築かれ、ようやく浸水は収まった。堤防の裏には今も、浸食の傷跡が残る。でこぼこの赤い地面がむき出し。マングローブの残骸(ざんがい)が散らばり、子ども用プールのような浅い水たまりがいくつも広がる。
「今、津波に襲われたら、私たちは全滅でしょう」。人工の防波堤に、マングローブのような安心感はない。
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マグニチュード(M)9・0の地震による大津波で、アジア各地に死者22万人余を出した2004年12月のスマトラ沖地震津波。日本政府の調査団はマングローブの恩恵を目の当たりにした。
マングローブが伐採された海岸では、ヤシの木がなぎ倒され、根元から土壌が削られた。倒木と土砂が一度に陸地を襲い、被害を大きくした。これに対してマングローブの群生地では、密集した根が津波の威力を弱め、背後のゴム園の被害を抑えたという。
熱帯雨林とマングローブを壊すことは、生き物たちの頂点に君臨する人間の生命をも、脅かしている。
=終わり
(連載は、社会部・加藤弘二、写真部・長塚律が担当しました)