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美少女表現の発達史講演メモ書き(会場30名前後)
【序論】 一般人にも広く知られるキャラクター綾波レイ。
今の大学生は「エヴァンゲリオン新劇場版」やパチンコで知ったりと従来のアニメとは異なるチャネルでコンテンツとの接点が異なってきている。
【綾波レイのデザイン論】
- ブルーヘア&瞳の光彩が赤い(ウサギっぽいアルビノの病的なイメージ)
- こめかみ上の白いアクセサリー(ロボットとのインターフェイス暗喩)
- 「私が死んでも代わりがいるもの」←綾波レイがアバター的な存在であることを指す
【美少女を司る4要素】
- 物語/設定:(例:実はロボット)
- デザイン:(例:アホ毛、猫耳…)
- メディア:(例:アニメ、フィギュア…
- 場/人:コミケ/オタク
────瞳の光彩が赤い綾波をウサギのイメージから考察する
手塚治虫「ロストワールド」(1948年):ウサギなど擬人化したキャラクターが出てくる
地球に接近しつつある「ママンゴ星」の鉱物から膨大なエネルギー源を発見した敷島博士は、ロケットを建造してママンゴ星に到着。しかし人間のみにくい欲が悲劇を招き、搭乗員のほとんどは死亡(ヒゲオヤジのみ帰還)。ママンゴ星に残されてしまった敷島博士は、植物と動物の合体から産み出された”あやめ”と二人、まだ恐竜時代にあるママンゴ星のアダムとイブになるのだった・・・。手塚治虫はディズニーとの対抗意識から差別化としてSF設定を作品に盛り込んでいった。
「ロストワールドで」描かれた”非人間的なモノから人間をつくる行為”
- 女性なるものを製造しようという男の欲望
- 世間を知らない無垢な存在が出来がある
↑オタク好みの異性を創造したいという欲望(処女厨だったり)
複製可能な人間の存在が、かけがえのない人間性といった人権のベースとなる概念を崩す。
───「私が死んでも代わりがいるもの」
主人公は自他の差別化を図るための何かを探しにいく物語の雛形になっていく
赤塚不二夫先生の手塚治虫追悼文に「人と人でないものが交配するロストワールドに衝撃を受けた」とある。
人類とそうではない人類が500万年後に出会うことになるといった話のスケール感:センスオブワンダー(通常の感覚が外される感覚)がある。
「メトロポリス」(1927~1929年):人間の魂をアンドロイド「マリア」に移植する
→のちの「スターウォーズ」にデザイン的な影響
「メトロポリス」の原型は「フランケンシュタイン」。フランケンシュタインは怪物の名前ではない。それをつくったMADサイエンティストの名前である。
────「人がヒトをつくるオーバーテクノロジー」
ヘパイストス:ギリシャ神話に出てくる鍛冶屋の神様美しい神々において唯一醜いヘパイストスは、工房に入り浸ってテクノロジーに執着し、様々な道具を創りだす。
- オートマト(工房で動くロボット)
- タロス(巨大ロボ)
女性にモテないブサメンがロボットに固執する。
森川嘉一郎「オタクはヘパイストスの末裔なんですね」
BL・耽美系の走りとなった「風と木の詩」が1976年に連載開始される。
また1978年10月にそういった専門誌「jun」が創刊。
────ロボットアニメで美少年主人公の仇役が急速にカッコよくなる
総裁デスラー(宇宙戦艦ヤマト)
プリンス・シャーキン(勇者ライディーン)
ハイネル(超電磁マシーンボルテスV)
リヒテル(闘将ダイモス)
やおいが増えていく中、吾妻ひでおがロリコン同人誌をつくろうといい始める(1978年頃)。
やおいに対する反発表現としてのロリコンであると同時に、当時主流のエロ漫画であった劇画に対する不満(自分たちの求めるものではない)があった。
────ロリコンなる言葉は何処から発生したのか
吾妻ひでお・沖由佳雄の両名が知ったきっかけは、1974年6月号の月間別冊マーガレットに載っている和田慎二「キャベツ畑でつまずいて」なので恐らくこれが原点。
→ロリコンという言葉が生まれた事により、クラスタ的な帰属意識が生まれた。
吾妻ひでお・沖由佳雄「まず同人誌で自分たちが描いて他の人も描いてもらう呼び水になろう」
そう思うようになったきっかけの伝説の珈琲喫茶店「まんが画廊」:マシントレスまである店
店内にある落書き帳に各々絵を描き、巧い奴が指名されて表紙絵を描く文化があった。そこではロリコン絵を描く奴が多かったことから「アニメ調の美少女をエロくすれば売れるだろう」と沖由佳雄は考えていた。
ロリコン同人誌「シベール」創刊準備号(1978年秋頃)
アニメのエロパロを志向していた。
吾妻ひでお初のロリコン漫画「日ペンの美子ちゃん」連載
作品ランキング特集は上位に文化的なものを配置する社会的配慮(※)を入れ、下位にプティ・アンジェ、エスパー魔美などをランクイン。
※沢渡朔「少女アリス」:こちらも文化的理論武装して発行している
女王陛下のプティ・アンジェ(1977年12月13日~1978年6月27日)
その表番組「未来少年コナン」(1978年4月4日~1978年10月31日)
「カリオストロの城」(1979年12月15日)
後に皇族の結婚にも影響
「カリオストロの城」の中でルパンがクラリスを取り返した際、ラサール・ド・カリオストロに「このロリコン」といっている。少なくとも当時は既にこの言葉が説明なしに客に通じる事が分かる。
この頃のロリコンは、アニメやマンガのキャラクターを愛でる人達といった意味合いだった。
アニメージュのロリコン特集に出てくるキャラクターはクラリスやラナなどほとんど宮崎作品であった。
宮崎駿監督1981年のコメント
「クラリスは”ロリコン”人気が集中しているということですが、ぼくには無関係のことだと思います。 ただ、いまの若い人はロリコンを、”あこがれ”の意味で使っているでしょう。思春期にはダレにも体験があることです。 ぼくの場合も『白蛇伝』の白娘にあこがれた時期がありました。1年後には卒業しましたけどね(笑)。 そういうものだと思います。それと、ぼくらはあこがれを”遊び”にはしなかったし、また、大っぴらに口にすることは恥ずかしかった。 ”恥じらい”があったんですよね。それがあったほうがいいかどうかは別問題ですけど、とにかくいまのぼくは”ロリコン”を口でいう男はきらいですね。 」森川嘉一郎「ここでロリコンを萌えに置き換えても特に違和感がないんですね(笑)
「クラリスは”萌え”人気が集中しているということですが、ぼくには無関係のことだと思います。 ただ、いまの若い人は萌えを、”あこがれ”の意味で使っているでしょう。思春期にはダレにも体験があることです。 ぼくの場合も『白蛇伝』の白娘にあこがれた時期がありました。1年後には卒業しましたけどね(笑)。 そういうものだと思います。それと、ぼくらはあこがれを”遊び”にはしなかったし、また、大っぴらに口にすることは恥ずかしかった。 ”恥じらい”があったんですよね。それがあったほうがいいかどうかは別問題ですけど、とにかくいまのぼくは”萌え”を口でいう男はきらいですね。 」萌えはロリコンの再来だった。
コミケの創始者 米澤嘉博によるロリコンブーム分析
- 娯楽にエロスが求められるようになった。
- 趣味の多様化
- ある種の退廃的なステータスシンボルを標榜する向き
ロリコンのムーブメント
- 同人誌シベール
- コミックレモンピープル創刊(1982年2月号)
- 漫画ブリッコ:大塚英二による劇画の駆逐、83年6月号で中森あきおがオタクを命名
- テクノポリス創刊(1982年8月号):マイコンブームが12月号で表紙をミンキーモモに乗っ取られる
ロリータ・シンドローム(1983年10月発売):エニックスから
吾妻ひでおが商業誌掲載キャラクターを同人誌でも描くに当たって、アイドル写真集を下敷きに描いた。キャラクターをアイドル化していく流れの発生。
当時は松田聖子を中心としたアイドルブームだった。
美樹本晴彦が松田聖子の大ファンであり、「マクロス」のリン・ミンメイがそこから生まれていく。
「まいっちんぐマチコ先生」(1981年10月8日~)
これがゴールデンタイムに流れた大らかな時代がキャラクターを性的視点でみる文化を推進した。
「くりぃむレモン」(1984年8月11日)
「風の谷のナウシカ」(1984年):虫愛ずる姫君を下敷きにする触手と美少女モノ
伝説巨神イデオン大事典(1982年3月1日):逆襲のラナオン(吾妻ひでお)が掲載
1982年8月雑誌投稿のDOMガールよりも逆襲のラナオンの方が掲載が早い。
その後、MS少女、島田フミカネ先生のWeb展開でのメカ少女シリーズを通じて、ストライクウィッチーズに至る。
ストパンはロボ要素以外に猫耳要素も入れてある。
月刊ララ(82年5月号):綿の国星
猫耳美少女が出てくる
シャン・キャット(吾妻ひでお):アニメ化企画もあった。
園田健一:SF的講釈によるガルフォース
ラヴィ:うさ耳
キャティ:寡黙な美少女でロボット
────バニーガール(うさ耳)を源流としたデザインの派生
月野うさぎ
初音ミク
ダイコンフィルムOP(女性の胸が揺れた初事例)
「風の谷のナウシカ」でもやってたと庵野監督はいっている。「TOPをねらえ!」はわざと胸揺らしををやった。
その後、ゲームでは「DEAD OR ALIVE」が発売される。
また「涼宮ハルヒの憂鬱」のOPでも胸揺らしは採用されている。
涼宮ハルヒの憂鬱ED以前にもうる星やつらEDでもやっていた。
森川嘉一郎「それ以前になるとtwitterでも議論があったところだがレインボー戦隊ロビンEDが源流ではないか?」
その後、ゲームでは「THE IDOLM@STER」が発売される。
────美少女表現には積層していく流れと削ぎ落としていく流れの二つがある
「ときめきメモリアル」(1994年5月27日)
SF設定を重ねない、日常に戻す作品の登場
オウム真理教事件の影響で、近未来SF設定の80年代が否定され衰退。1995年以降、近未来から近過去に振り戻る作品が増える
あずまんが大王の登場
後のまんがタイムきららに代表される萌え四コマブームにつながる。オタクが好きな設定を足すSFの衰退からオタクが嫌いなもの(恋愛とか男とか)そぎ落とす方向性の最大のヒット作が「けいおん!」である。
森川嘉一郎「今回の震災がマンガ・アニメ・ゲームなどの表現にどのような変化をもたらすか、については、短期的かつ表層的な自粛を除けば、わかりません。多分、5年か10年経た後でないと見えてこないと思います。敢えて何か予測するなら、現実によって超えられたフィクションは失効してしまう、ということです。」
http://twitter.com/#!/kai_morikawa/status/49129960681652224