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- 東京新聞:警戒区域 9市町村百数十人超 処罰覚悟の住民も:社会(TOKYO Web)
「もう疲れたので妥協するが、また戻る。罰則は気にしない」。震災後も第一原発から十数キロの自宅で、妻(81)と暮らしてきた南相馬市小高区上浦の阿部清さん(83)は二十日、市の説得で避難することを決めたが、納得はしていない。
二十キロ圏内が避難指示区域となった震災翌日の三月十二日、近隣住民は皆避難した。直後は電気も使えて不自由は感じなかったが、月末に突然停電。電力会社 に抗議しても「国の方針」と言うばかり。冷蔵庫の食料は腐り、米を炊くプロパンガスも残りわずかとなり、阿部さんは避難を受け入れた。だが「私はガン宣告 を受け、ほかにも持病がある。避難所に行った方が寿命が縮む」といずれ帰宅するつもりだ。
二十キロ圏内の楢葉町の自宅に残る松井義男さん (84)は「一度は避難所に行ったが、人混みが嫌で戻った。寂しかあないよ」。足が悪く外出はほとんどしないが、友人がカップ麺や弁当を届けてくれるとい う。警戒区域の設定については「年寄りだけえね。放射能はどこさ行っても同じ。原発の南側で風上だし、大丈夫だ。心配しないでええ。放っといてくれればえ えよ」と笑った。
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