ベトナム戦争とイラク・アフガン戦争ということを考えたときに、軍事費削減っていうテーマが非常に大きな問題として出てくる。日本だけで軍事費削減をやってもインパクトがないかもしれないけど、全世界でこれをやったら一体幾らのセイビングができるか。教育費、医療費などの重要な問題はあっと言う間に解決される。それほど馬鹿げた金を軍事費に使っている。軍用機とか絶対に発射しない核兵器とか。そんな物に使ってるわけよ。
親父 そこはなんというのかな、軍備についてはもう一つの議論があるわけだよ。
息子 抑止論ということだね。
親父 うん、お互いに相手の攻撃に反撃できるだけの軍事力を持っているから、お互いに攻撃されないという議論、いわゆる抑止力としての軍事力という議論で、これは一面で正しいと言わざるをえないと俺は思うんだよ。特に核兵器の時代になって、核による抑止力が大きなテーマとして登場してきた。
息子 でも、金正日みたいな頭がおかしい人が核兵器を持つと極めて危険でしょう。もしくは、秋葉原の加藤君みたいに、もう人生どうでもいいっていうやつが核兵器にアクセスできれば、1人でも核兵器を発射する事ができるでしょう。
親父 それはそうだけど、核兵器を持つことによって核攻撃を抑止するという議論はあるわけだよね。軍人の伝統的な議論はそうだよ。兵力を充実させることによって攻撃を阻止する。だから、軍事力は必要だということになる。
息子 でも、俺が金正日だったら、アメリカくそ野郎、韓国くそ野郎、日本くそ野郎ということになったとき、どうせ自分の国は小さいし、国民はみんな食べ物に飢えているし、もうどうでもいいやと思って、核兵器の引き金に手を掛けることはあるでしょう。
親父 金正日のような一国の最高権力者は、そういうやけくそ的行動はしないよ。彼の関心は権力者としての地位を保持することだから、その地位を放棄することに通ずるような行動はしないよ。万一、北朝鮮がそういう自暴自棄的な行動をしたとしても、確かに酷いことにはなるけど、世界が破滅することにはならない。北朝鮮がもし核による奇襲攻撃ができたとしても1発か2発しか発射できない。日本に1発、韓国に1発。そして、それをやった瞬間に、韓国軍と米軍の攻撃で北朝鮮は壊滅する。金正日はそれを分っている。だから、やけくそな行動はやらない。但し、金正日の意に反して、軍事行動が行われる危険性はあるけどね。
現在でいえば、中国とアメリカが核兵器を撃ち合うとか、かつてならソ連とアメリカが全面核戦争をするとかっていうことになったら、世界は破滅する、あるいは破滅した。完全にね。冷戦が熱い戦争にならず世界が破滅しなかったのは、米ソ両国が、核兵器を持ち合うことによって、バランスオブテラー、つまり恐怖の均衡を保ってきたからということなんだよ。そういう核抑止戦略の完成形が、ミューチュアル・アシュアド・ディストラクション、頭文字を取ってMAD戦略というんだ。日本語に訳せば、相互確証破壊。MAD、つまり気違い戦略なんだけど。片っ方が核兵器を撃ったら、撃ったほうも反撃で国家が絶滅する。そういう核兵器による報復システムを、冷戦時代を通じて米ソ両国が相互に完璧に作り上げた。
息子 撃ったほうが全滅っていうけど、破滅するのは国だけじゃなくて、地球じゃないですか。
親父 うん、そう。それはあんたの言うとおり。まあ、地球は崩壊しないけど、人類はほぼ確実に絶滅しただろうね。
息子 トータルディストラクションだよ、それ。MADどころじゃない。
親父 その危険があるからこそ、相互に核武装することによって、人類破綻の危機を回避してきたんだっていうのが、核武装支持論者たちの議論なんだよ。この議論は基本的に間違ってはいないと俺は思うけど、しかし、試せないんだよね。試せば、人類は破滅するから。
息子 でも、過去の歴史にはそういう破滅がなかったっけ、アトランティスとか?そういう経験を人類はすでにしているんじゃないか?
親父 アトランティスというのは、あまりにもオタク過ぎるんじゃないの。
息子 おタク過ぎるかもしれないけど、神話的にはそうでしょう。全面的マッドストラテジーをやっちゃったから、人類は一度全滅したみたいな歴史があるでしょう?
親父 知らん、知らん。そういうオタッキー話は聞く耳を持たんよ。
息子 海に消えたアトランティス大陸、失われたレムリア大陸みたいなさ、まあそれは俺の世界過ぎるからあんまり言わないことにしようか。人類がその精神面よりも武器や機械だけが進み過ぎて崩壊したっていうのは、確かに過去にはあったような感じがするけど。まあ、これ以上は言わんことにしよう。
親父 俺がMAD戦略は試せないというのは、この戦略は、発動された瞬間に、現代文明が失われたアトランティスになるってことなんだよ。アッ、俺までアトランティスって言ってしまった。
息子 そういう意味では、イラクやアフガンのような地域紛争をすることで、核を使わない戦争をしようということなのか?
親父 いやいや、核兵器を地域紛争に使おうとしたこともあるんだよ。朝鮮戦争のときマッカーサーは、核兵器を使って中国軍の進軍を阻止しようと真剣に検討したし、ベトナム戦争でも軍の一部は核兵器の使用を真剣に検討したんだよ。特に北ベトナムにおける物資輸送線の中心であるハイフォン港を壊滅させるために、核兵器の使用を検討したことがある。核兵器の戦術的利用というやつだね。
息子 まあ原爆程度だったら、1都市を破壊するだけだから使えるってこと?
<親父 ナチドイツ打倒の主力はソ連軍>
親父 核兵器の限定的使用というのは選択肢として存在しているし、現に戦術核兵器は米軍には標準的に装備されているからね。
で、ここで核兵器の歴史というものを概観しておくとね、冷戦の歴史っていうのは、非常に複雑に発展した核戦略の歴史でもあるんだよ。最初にアメリカだけが核を持っていた時代があった。それは1945年にアメリカが広島と長崎で原爆を使い、1949年にソ連が初めて核実験に成功した。その間の4年間っていうのは、アメリカが核兵器を独占した時代なのね。
息子 日本で2発使って、テストしたってことだ。
親父 そういうことだね。で、アメリカが核兵器を独占していた時代というのは、じつは冷戦が始まった時代でもあるわけなんだよね。これは現代世界史の問題になるんだけど、戦争が終わったときヨーロッパがどういう状況にあったかっていうと、ソ連の陸上兵力がもう西ヨーロッパを圧倒していたわけなんだよ。もし、冷戦の初期、1940年代の後半に、ヨーロッパの東西分割線上で、ソ連と西側の戦争が始まったとしたら、ソ連軍がたちまちドーバー海峡まで席巻できるという状況だったんだよ。師団数でいえば、10対1位の差があって、それほど東西の軍事バランスはソ連優位だった。
息子 ドイツとフランスは戦争で疲弊していた?
親父 ドイツ軍は存在すらしていなかったし、フランス軍もドゴールの下にせいぜい数個師団しかいなかった。イギリスも疲弊しきっていたし、西側で唯一元気だったアメリカは、ドイツを降伏させた後にすぐ兵隊を復員させてしまった。西側は兵力をほとんど欧州に持っていないのに、ソ連だけは膨大な戦力を持っていたっていう状況だよ。
息子 ソ連は、雪で守られてあまりドイツとの戦争に参加しなかった?
親父 違う、違う、そうじゃない。ソ連軍は連合軍側では一番戦死者を出したんだよ。ナチスを軍事的に打倒したのはソ連だから。この点について、日本人の多くの認識が世界の常識と違うんだよ。ちゃんとした歴史教育を受けてないんだよ、ナチを倒したのは、
息子 フランスじゃないんだ。
親父 フランスは第二次世界大戦のほとんどの期間、国土の半分はドイツ軍に占領されっぱなしだったし、残りの半分はビシー政府というドイツの傀儡政権の統治下にあったわけだよ。小規模なレジスタンスを除けば、ほとんど対ナチ戦争なんてしていない。わずかにドゴールがロンドンに亡命政府を建てたけど、対ドイツ戦争におけるフランスの軍事的貢献はゼロだよ。
息子 イギリスでもないんだ。
親父 確かにチャーチルに率いられたイギリスは対ナチ戦争を闘った。だけど、アフリカとか南イタリアとかギリシャを除いて、陸上ではほとんど闘ってない。ノルマンディ上陸まで、イギリスは陸上ではまともに闘っていないんだから。イギリスの戦死者の少なさを見ればわかるだろう。
息子 ノルマンディに上がったのはアメリカ軍?
親父 主力はアメリカ軍とイギリス軍、で、総司令官が後にアメリカの大統領になったアイゼンハウワーだよ。だけど、ノルマンディ上陸は、ドイツ敗戦の一年前にすぎない。第二次世界大戦のほとんどの期間、ドイツ軍と死闘を演じ続けたのはソ連軍だけなんだよ。ソ連軍が1番犠牲者を出したし、民間人を加えて、2千万人以上死んでいる。
息子 まあ国がでかかったから犠牲者も多かったってこと?
親父 そういうことじゃなくて、ドイツから見て、西部戦線というのは長いこと存在しなかったんだよ。軍事的にいうと、そこが第1次世界大戦と第2次世界大戦の大きな違いで、ドイツは英仏連合軍をフランスから追い落として、ソ連を除く大陸ヨーロッパ全土をドイツの支配下に置いた。ダンケルクからノルマンディの間、ドイツ軍と陸上で戦っていたのは、ほぼ東部戦線のソ連軍だけだった。スターリングラード攻防戦からクルスクの戦車戦までね。そして、最後は生産力の差で、ソ連軍がドイツ軍を圧倒したわけだよ。もちろん、ソ連に対してイギリスやアメリカも軍事援助などで協力はしているけど、本当の意味でドイツ軍と戦闘を続け、1番犠牲者を出して闘ったのはソ連軍なんだよ。ソ連ではこの戦争のことを「大祖国防衛戦争」と呼んでいるけど、これはロシア人にとって国民的な栄光の記憶なんだよ。トルストイが「戦争と平和」で書いた、ナポレオンの侵攻を撃退したことと並んでね。大祖国防衛戦争は日本人にとっての日露戦争と同じ意味を持つ、ロシア人の民族的叙事詩なんだよ。
このナチ打倒の功績によって、戦後の世界政治のシステムが、米ソ2極システムになった。そこを理解しないと、20世紀の歴史が分かったことにならない。ヨーロッパの第二次大戦が終わって、ヤルタでもポツダムでも、アメリカとイギリスがソ連に対して、なぜあれほど妥協的で謙虚な態度を取ったのか?単純に言って、スターリンのソ連の功績が1番大きかったんだよ。少なくとも対ドイツ戦に関しては。
息子 あのときは、西側はまずドイツを倒すことに全力を上げていたの?
親父 そう、そういうこと。軍事的にいえば、日本を倒した主力はアメリカ、ドイツを倒した主力はソ連、こういう分担なんだよ、第二次大戦の連合国側は。だから第二次大戦が終わると、アメリカとソ連の時代になったんだよ。
息子 逆に言えば、そのドイツと日本は、かなり世界を苦戦させたわけだね。
親父 そうだよ、その通りだよ。だから、第二次大戦においてソ連が果たした役割は非常にでかかったわけ。
息子 もうナチスを倒したヒーローだから?
<親父 冷戦期の核戦略史を語る>
親父 そう、ソ連はヒーローだった。第二次世界大戦後、ヨーロッパの軍事バランスが圧倒的にソ連優位に傾いた理由は、まさにそこにあったのね。ドイツ降伏の直後米英軍が早くも復員を進めたのに対して、ソ連軍は対ドイツ戦に動員した大兵力をそのまま中央ヨーロッパの戦線に駐留させたから。ソ連がその気になりさえすれば、ドイツ、フランス、ギリシャ、イタリアまでが、ソ連圏になっている可能性は非常に高かった。それだけ米英とソ連との間の軍事バランスはソ連優位だった。だから、冷戦が始まった1940年代後半にアメリカが核兵器を持ってなければ、ソ連が一気にイギリスを除く西欧を衛星国にしていた可能性はあったんだよ。そこで核兵器の話に戻るけどね、スターリンがなぜ西進の決断ができなかったからっていったら、やっぱりアメリカの核兵器が恐かったからだよ。
息子 ソ連は持ってなかったから?
親父 そう。だから当時のヨーロッパの軍事バランスを考えた時に、アメリカの核兵器が果たした役割は非常に大きかったんだよ。冷戦の一番初めから、核兵器が絶大な抑止力として働いていたんだね。その辺が、核兵器という存在を考えるときにとても重要なポイントなんだよ。アメリカもソ連も、間接的にはヨーロッパ諸国も、ヒロシマとナガサキで核兵器が使用された直後に、その抑止力の巨大さを身を以て知ったんだよ。
息子 アメリカが日本に核兵器を落とした。しかし、アメリカの核兵器はヨーロッパの平和維持に役立ったというわけ?その睨みが?
親父 それを平和というか安定というかはともかくとして、少なくともソ連軍の西進を抑止することに核兵器が貢献したと、アメリカもソ連も西ヨーロッパ諸国も考えている。そこで、アメリカの核抑止力に屈っしたソ連は、そのギャップを埋めるために、ものすごい勢いで核兵器の開発に着手した。そして、1949年にはソ連も原爆実験に成功した。アメリカの核兵器独占時代はわずか4年間しか続かなかった。これに対してアメリカは何をしたかっていうと、今度は1952年に水爆を開発した。しかし、ソ連も1年後にアメリカに追いついてやはり水爆を開発した。
この時点で、米ソ冷戦の主役である核兵器の弾頭が出そろって、こんどは核兵器の運搬・投入手段が競争の主役になった。最初の段階では爆撃機に核弾頭を積み、次には弾道ミサイルに積み、最後には潜水艦にも積むことになった。お互いの都市に核ミサイルの照準をつけちゃって、米ソ全面戦争になって核攻撃を受けたら、レニングラードを失えばシカゴを攻撃し、モスクワが攻撃されたらにはニューヨークに核報復を行うっていうことになった。これが1950年代後半の核戦略で、これを大量破壊戦略って言ったんだよ。アイゼンハワー政権時代だね。
核爆弾の開発では、アメリカがソ連をリードしたけれど、核弾頭の運搬手段であるミサイルについては、ナチのV2号の設計グループを引き継いだソ連がアメリカをリードした。1950年代から60年代にかけて、アメリカでは「ミサイル・ギャップ」が大問題になった。ミサイルの性能でソ連に負けているということだね。「アポロ計画」はアメリカのNASAによる月探査計画だけど、その背景にはミサイル・ギャップの解消という軍事的目標があったんだよ。
核兵器っていうのは、最初は広島に落としたときがそうだけど、爆撃機で日本の上空まで運んで、ポンと落として飛んでいった。最初は爆撃機だけが輸送方法だったのを、次に地上発射のミサイルが核弾頭の運搬手段となり、更に潜水艦搭載のミサイルに積むようになった。ソ連の核攻撃で、アメリカの全部の大都市が破壊されても、潜水艦があれば最後に浮上して核ミサイルを発射して、ソ連の大都市を全滅させられるっていう形で報復できる。地下サイロから発射される大陸間弾道弾、長距離爆撃機、原潜搭載ミサイル、この三つを組み合わせた核トライアド戦略が完成したのが1970年代。これがまあ冷戦下の核戦略発展史なんだけどね。
息子 陸、海、空と、まあミリタリーの3軍か?
親父 そうそう。航空機、ミサイル、潜水艦。核兵器それ自体の進歩、つまり弾頭の小型化と破壊力の巨大化、それから運搬システムの多角化、運搬システムの精密化なんだよ。
息子 精密化というのは、どれだけ正確に撃てるかっていうことか。
親父 そう、CEPっていって、100個のミサイルを発射したら、どのくらいが半径500メートル以内に落ちるとかさ、そういう精密さを競ったのね。命中精度だね。じゃあ何のためにCEPを競ったかっていうと、核兵器による都市破壊の精度じゃないんだよ。都市の破壊にはそれほど高い命中精度は必要としないから。命中精度の向上を何のために一生懸命やったかっていうと、ファーストストライク(第一撃)の精度向上なんだよ。この場合の第一撃の目標は、都市でもなく戦闘部隊でもなく、敵のミサイル発射基地なんだよね。ミサイルは地下の発射サイロに置かれてるんだけど、その地下ミサイルサイロを、核ミサイルで破壊する。そうすれば、核戦争の勝利も可能になるということだね。アメリカはソ連による核奇襲攻撃を非常に恐れたんだよ。
息子 イラク戦争のときに使ったような、地下貫通爆弾だね。
親父 そう、その核ミサイル版だよ。核兵器を核兵器で叩こうとした。
息子 その理由がよくわからないね。
親父 ソ連で言えば核ミサイル発射基地はシベリアの田舎にあるし、アメリカはカンサス州だかネブラスカ州だったかにあるんだよね、
息子 まあ、ミサイル発射部隊がいるだけの田舎だね。
親父 ソ連の核ミサイルでアメリカの核基地をファーストストライクされても半分は生き残るようにしうようとか、ファーストストライクされたらすぐ戦略爆撃機を発進させて、敵の残存ミサイルを叩くとかさ、非常に複雑な戦略を考えてたわけだよ。米ソの戦略家と称する人たちが。こういう精密な戦略とそれに耐えうる核装備の充実こそが、米ソの全面核戦争を抑止したんだっていうことになっているわけだね。特に、アメリカの戦略家の思考としてはね。そして、半ば以上事実なんだよね。残念ながらね。
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